尾道の歯科・歯医者すーちゃんのブログ


広島県尾道市の歯医者、すーちゃんのブログです HC7になりました
by su-chan231
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<   2011年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧


ありがとう、桑田渡し・・・

こんにちは。尾道市の歯医者・歯科医のすーちゃんです。




地震で被災された方々の事を思うと、今日も胸が痛みます。





砂田歯科医院は1989年の開設以来、




地元山波町をはじめ市内の多くの地域からの患者さまとともに歩んできました。




その中に、




対岸の向東町の患者さまも数多く来院していただいておりましたが、





3月31日をもって桑田渡船が60年以上の歴史に幕を降ろすことになりました。





砂田歯科医院開設以来、




21年間お世話になった渡船なので、




とても残念です。






なんでも向島側の桟橋が老朽化のため改修が必要で、




その費用が数千万円かかるそうです。





地元の方々にとって毎日の足となる大切な交通機関、





(特にお年寄りの方にとっては重要な交通機関です)だけに、





公的な補助で、なんとか再開していただきたいものです。





現在、桟橋には「休止中」の看板が掲げてありますが・・・





ぜひとも休止であって、





再開を信じていたいですね。

by su-chan231 | 2011-03-31 16:39

『東日本大震災で、被災された皆さまへ』

こんにちは。尾道市の歯医者・歯科医のすーちゃんです。




被災者の皆さま、寒くて不安な毎日を過ごされていると思います。




東京で暮らしている大学生の長女もたまたま春休みで帰省していたため、




お陰さまで我が家は 普段と変わりない生活を送ることができていますが、




それだけに、毎日、テレビで現地の様子をみるたびに胸が痛みます。





一人でも多くの方ご無事と、一日でも一秒でも早い復興をお祈りしております。





地震が起こったその頃、お昼休みが終わる直前で、





移動する車のテレビで地震を知りました。





被災地からは遠く離れてはおりますが、





僕の自宅の前も海で、他人事ではなくとてもショックを受けました。





災者ではない僕のできることは、節電、節水、募金など




一人のできることは小さなことかもしれませんが、




それでも その時々で最大のことをしていきたいと思います。





最後になりますが、





多くの亡くなられた犠牲者一人一人のかたが、





少しでも 早く家族のもとに帰られ、安心して眠りにつけますように…





今も、救助をもとめているかたたちのもとへ、





一刻も早い救助がなされますように…





遠い広島 尾道の地から 祈っております。




追伸


救助にあたられていた警察をはじめ



沢山の関係者の方々が亡くなられたことに対しまして、追悼の意を捧げます。

by su-chan231 | 2011-03-14 11:18

『サクラ』

こんにちは。尾道市の歯医者・歯科医のすーちゃんです。



もう、春も目前…



この時期になると、毎年、気がつくことがあります。





日本のアーティストがリリースする曲のタイトルや歌詞に




やたらと『サクラ』というワードが組み込まれているのです。





やはり、日本人…




それほどに僕たちは、季節の移ろいを




『花』や『花びら』などで実感しているのかもしれませんね。




間もなく来る『春分の日』は、




自然をたたえ生物をいつくしむ日とされているようで




『秋分の日』が先祖を敬い、




亡くなった人を偲ぶ日にたいして対象的です…




ただ、昨今では




自然や生物に関心をもってそこに季節の趣きを感じるという




日本的な情感は失われつつあるように思います。





日本の四季は変化に富み




日本人は暮らしの中で繊細かつ豊かな季節感を養ってきました…




時候の挨拶をかく手紙文のしきたりなどは、




日本人が季節を大切に思う典型的な例のように思います。




エアコンがどこの家庭も常備され、




夏は涼しく、冬はあたたかい生活ができ、




スーパーでは四季を問わず、どんな食材も手に入る時代ですが、





四季を感じる日本ならではの感性は、




昔から日本人が培ってきたものであり、




長い歴史のなかで、その感性を大切にすることで、




情緒豊かな民族に発展したのだと思います。





いつまでも季節感をもち、




感性豊かな日本人でありたいと思います。




日本人に生まれてよかったと感じる一方で、




この感性を大切にしたいと思います。

by su-chan231 | 2011-03-07 16:40

『ゴルフ日和になぁ~れ』

こんにちは。尾道市の歯医者・歯科医のすーちゃんです。




みなさんは、毎日、天気予報を見てますか。




あまり、お天気がきにならない方でも、




必ず一日一回は、新聞、ニュースの終わりなど




必ずといっていいほど、毎日、天気予報が目に入ってくることでしょう。




気象予報士という資格が注目されるようになって以来、




資格を取得して個性的な予報をする人も増えてきましたね。




お天気の基本情報は、観測網により世界中から




情報を集めて処理され、すべて政府予算でまかなわれているみたいです…




そして、その基本情報をもとに情報を加工するのが、




気象予報士であり、民間の気象予報会社なんだそうです。




天気予報は、昔に比べて、数時間ごとの予測ができたりかなり、




細かくなって地域も限定し、予報することも可能でかなり精度が高まりました。





気象観測技術とコンピューターの発達で、





精度がかなり高まったのでしょう…




では、天気予報は100%当たるのか?




と言えば、そうでもないようです…




天気予報の評価は、いまも昔と変わらず70点ぐらいなんだそうです。




いくら技術が進歩しても自然には勝てないのかもしれません。





しかし、予算もかからず 100% 当たる天気予報があります…




それは、自分のココロの天気予報





明日は、晴れると強く思えば、明日は確実にココロは晴れます。





たまには、豪雨になることもあるかもしれませんが





それでも、毎朝…朝ぐらいは、気持ちよく快晴でありたいものですね。





明日は、毎日やってきますが




扉を開けるのは、自分自身です。





どんな一日にするかは、自分次第





明日の日曜日、みなさんもココロを快晴にして





よい休日をお過ごしください。





明日はゴルフの予定です。




ココロもお天気も、そしてスコアも




快晴となってほしいですね。




明日 天気に なぁ~れ!

by su-chan231 | 2011-03-05 10:15

『古都…奈良』

こんにちは、尾道市の歯医者・歯科医のすーちゃんです。




土日に、仕事で 奈良にいってきました。




奈良は、日本という国家が誕生した土地…




『ナラ』とは、朝鮮語で『国』そのものを指すそうです。





聖徳太子らが活躍し、白鳳文化に彩られた飛鳥時代、




平城京で大平文化が花咲いた奈良時代にかけて




日本の古代史は奈良を中心に繰り広げられ、




奈良は国家そのものでした。




しかしながら、訪れるたびに当時の面影が現在まで、




あまり、残らなかったことを残念に思います。





京都では、永年、都として栄え続き、




その間いろいろな歴史を残し、




幕末明治期の東京遷都の後も、街として残っていけて、




いまでも あちらこちらに平安京の面影があります。





しかし、平城京はすっかり面影をなくしていて、





平城京の都づくりに 当時まさに、





日本の国づくりにかける想いをもって





将来を夢見た当時の人が 平城京を作ったのでしょうが、





それがたった80年ほどで遷都され、





そのあとは、荒廃の道をたどるばかりだったとは残念でなりません。





今回は、あまり時間もなく観光する暇もありませんでしたが、





古都…奈良を、今度 ゆっくり訪ね、





日本の国づくりにかけた想いを探してみたいと思います。





『あをによし 奈良の都は咲く花の にほふがごとく今 盛りなり 』 万葉集

by su-chan231 | 2011-03-02 01:52

『いつか…見た空』

こんにちは。尾道市の歯医者・歯科医のすーちゃんです。




今日のお昼休み、食事をしにでかけていると、




空に浮かぶ飛行船を見ました…





子どものころは、よく見かけた飛行船ですが、





いつからか飛行船を見なくなった気がします。





きっと、インターネットなどの普及により、





企業が飛行船での宣伝を減少させたからでしょうね。





日本は、もともと飛行船の発着場所の確保が難しいようで、





飛行船を使いにくいという裏事情が、海外にくらべてあるようです。





日本で最も多くの飛行船が飛んでいた時代は、





1980年代後半から1990年代前半にかけてだったらしく、





バブル時代らしい、企業のお金のかけかただったのかもしれませんね。





飛行船への驚きが、子どものころほどじゃなくなったかもしれませんが、





でも、やはり、飛行船を見つけた瞬間…





うれしくなってなんとなく癒された気持ちになりました。





みなさんも、たまには空を見上げてみてください。





いつかみた空の風景が、見つかるかもしれません。

by su-chan231 | 2011-03-01 15:32